わたしの挫折体験

音楽高校時代の三年間は実の詰まった濃いものでした。1学年ひとクラスなので、みんな仲良くて、教室で友達のレッスン終わるの待ってて。
厳しい先生にあたった子なんか、泣きながら戻ってきたりしたら、みんなで慰めたり、先生の悪口言ったりしながらマックでやけ食いしたりして…
でも、実技にはっきり、差が出るんですよねぇ。
全国から上手な人が受けにくる学校。
私がなんで受かったか不思議。
毎日毎日泣きながら、汗だくになりながら練習してもしてもしても追いつかない。
先生が、今の私くらいの年齢で、そんなに厳しくなくて、むしろ可愛がっていただいたのも災いしました。
もっと厳しい先生だったら
徹夜で練習してたかも。
でも、一番の致命症は、ピアノをひくには手が小さかった。
あと、あんまりにもみんな上手なので人前で弾くのがこわくなった。
実技テストの前の緊張感に耐えられなくて。
これでは音楽で生きてゆくのはムリ、と私は諦めました。
当時習っていた声楽の先生が歌でドイツにいくことを勧めてくださいましたが、父が反対しました。そんなお金かける気はないって…
外の世界も見てみようと普通の大学受験する事にしたんだけど…ずっと音楽しかやってなかったから数学なんか全然わからない。一年浪人させてもらい今度は1日中勉強しました。
いつ寝たかもわからないくらい。
翌年、運良く同志社大学に入学して法律を勉強したけど、
あんまり記憶に残らない実りのない4年間でした。
そんなバカな娘に授業料払ってくれた父に感謝です。
結局、自分から音楽とったらなんも残らないことがよーくわかりました。
近所でピアノの上手なお姉さんと言われ、何かあると伴奏者に選ばれ天狗になっていたわたしの初めて味わった挫折体験です。
それからもいっぱい挫折するんだけど、この時の体験で、道は一つじゃない、あちこちぶつかりながらもなんとかなるということを学びました。その時は苦しくても、あとから考えたらいい勉強になったと思えるし、なんかあっても、自分ができるだけのことをしたらあとは、自然に任す。落ち着くところに落ち着きます。

各務原市うぬま 河村りえ子ピアノ教室

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